相撲界を盛り上げる外国人力士、モンゴル出身の日馬富士公平

日馬富士公平は、ウランバートル市出身の外国人力士で、第70代の横綱です。

1984年4月14日生まれで、本名はダワーニャミーン・ビャンバドルジと言います。幼少期から兄たちと相撲をとることが好きで、ウランバートルの柔道クラブにも通っていました。2000年に安治川親方がモンゴルで開いた相撲大会に参加した際、親方がスカウトをしたことで、安治川部屋に入門することが決まりました。2001年に安馬の四股名で土俵デビューをし、2002年の3月場所では初めての序ノ口優勝を経験しました。2004年には十両に昇進し、その年の9月場所では初めての十両優勝を達成しました。

2005年に幕内力士となり、2006年の1月場所では、同じモンゴル出身の外国人力士である朝青龍を上手投げで破り、初めての金星を獲得しました。

大関昇進がかかった2008年11月場所では、序盤は調子が悪くいきなり2敗を喫してしまいましたが、その後は順調に勝ち進み、13勝2敗で白鵬との優勝決定戦に臨みました。白鵬の強引な上手投げに敗れ、優勝は逃してしまったものの、その相撲内容が大きく評価され、大関昇進を果たし、四股名を日馬富士と改めました。2012年には2場所連続の全勝優勝を果たしたことで、11月場所より横綱に昇進しました。

土俵

ハワイ出身の外国人力士曙太郎の相撲について

「曙太郎」は、ハワイ出身の外国人力士です。長身から繰り出される、強力な突きや押し相撲で外国人力士として初の、代64代横綱へとなりました。

曙太郎の生年月日は1969年5月8日で、出身地はアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島です。身長は204センチで、現役時代は東関部屋に所属をしていました。

その体格を見込まれ角界入りをし、初土俵を踏んだのは1988年の3月場所です。新入幕は、1990年3月場所に新十両となり、9月場所では新入幕をしました。幕内初優勝を果たしたのは、1992年の5月場所です。そして、この場所の活躍が認められ、大関昇進を果たしました。

大関として期待された7月場所では、怪我により全休を余儀なくされます。翌9月場所では、9勝6敗という成績に終わりました。

しかし、11月場所と1993年の1月場所で連続優勝を達成し、外国人力士初の横綱へと昇進しました。横綱土俵入りでは、雲竜型を選択しました。引退するまでには、11回もの幕内優勝を重ねました。その他にも、殊勲賞を4回、敢闘賞を2回獲得しています。相撲の特徴としては、長い腕とパワーを活かした押し相撲を得意としていて、この展開になれば無敵の強さを誇っていました。

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